前章 >> [薬剤師と法律]②薬剤師の法的責任
B スキルアップシリーズ(研修向け単発コンテンツ)
[薬剤師と法律]③対策
[③対策]
では、私たち薬剤師は、具体的にどうすればよいのだろうか?
医療過誤の対策について、2つの観点から私の個人的な考えを述べさせていただく。
それは、「医療過誤を起こさない工夫」と「医療過誤を拡大させない工夫」である。
「医療過誤を起こさない工夫」
まず、医療過誤を起こさない工夫は、基本的に以下の2点に集約される。
1)処方せんの疑義を見つけ、処方せん発行元に連絡し、適正な内容に変更する。
2)疑義のない処方せんの内容を正確に調剤し、患者さんにわかりやすい説明をする。
それぞれについて、解説したい。
1)「処方鑑査」と「疑義照会」のことである。
ポイントを以下に示す。
・基本は添付文書である。
医薬品をめぐる医療裁判において、添付文書は、医療関係者の過失の有無を判断するための重要な証拠資料となり、判断基準になるといわれている。
・スムーズな疑義照会のためには、医療機関との関係性を構築する努力が必要である。
・「間違えやすいパターン」を学習する。
処方せんを発行するとき、調剤をするときにミスが発生しやすいパターンが存在する。
たとえば、名前が似ている薬剤名だとか、規格が複数ある薬剤などである。
この危険なパターンを学習し、意識して鑑査するのである。
具体的な方法については、2)で紹介する。
※ご参考
「疑義照会」については、別のコンテンツで考察をしている。このコンテンツと併せて読んでほしい。
2)調剤とわかりやすい説明
業務上のミスを減らすために必要なこと。そのキーワードは、「チームワーク」と「メモ」である。
薬局スタッフのチームワークについては、詳細な説明は必要ないだろう。
「メモ」とは、ミスの記録のことである。
1)で「間違えやすいパターン」の学習が重要な対策であると述べたが、「メモ」はその具体的な方法である。
「処方鑑査」でも「調剤」でも、間違いが多いパターンを見つけることが重要である。
そのもっとも有効な方法は、日頃の業務において間違えた内容をメモし、データを蓄積していくことである。
このパターンを把握すれば、対策も立案しやすい。
たとえば、規格が複数ある薬剤のミスが多い場合、この薬品の配置を変更したり、棚にマーキングをしたり、この薬剤が処方されたことを知らせるお声掛けをするなど、いろいろな手が打てるのである。
さらに、類似のパターンを予防することも可能なのだ。
ミスは、責めずにメモするのである。
わかりやすい説明についても、メモることが大切である。
上手く説明できなかった薬剤、わかりやすい説明のヒントなども気がついた時にメモする。
雑誌やネットで、ヒントが見つかれば、ストックしていく。
基本的な説明は添付文書を中心に組み立てられるのだが、これらの工夫が患者さんの理解を深め、安全な服用に貢献すると信じている。
結局、1)2)に共通するのは、仕事に関連する人たちとの関係性を良くし、ミスを記録してパターンを学習するということである。
「医療過誤を拡大させない工夫」
人間が働いている以上、ミスをゼロにすることは難しい。
万が一、ミスが発生した場合に、被害を最小限にするにはどうしたらよいのか?
大難を小難にする工夫である。
・患者さんとの関係性
もっとも大切なのは、患者さんとの関係性である。
あなたが、誠実に患者さんに接すれば、自然に信頼関係が生まれ、コミュニケーションが良好になり、薬物療法に関しても良い影響を与える。
患者さんとの関係性が良好であればあるほど、双方が交換する情報量は多くなる。
あなたは患者さんのいろいろな情報や考えを知ることができ、患者さんも疑問や不安を相談できる。
一番大きなメリットは、患者さんに異常な症状が発生した場合、躊躇なく連絡できることだ。
また、良好な関係性は、あなたの説明の信頼性を高める。
それは、あなたからの安全性情報や副作用発生時の対処法をキチンと聞くということである。
万が一、問題が発生しても、解決策は患者さんの周辺情報があればあるだけ立案しやすい。
このような良好な関係性の構築は、普段の業務を充実させることが重要であり、医療過誤の拡大を防ぐもっとも強力な防止策になる。
そのはじめの一歩は、「患者さんに対してあなたが責任を持つ」ことである。
(ご参考)
「なぜ、患者は薬を飲まないのか?」という本の中で、医療相談中に良いコミュニケーションが実現した場合には、医療事故の訴訟がより減少するというエビデンスが示されている。※ただし、医師の例である。
「なぜ、患者は薬を飲まないのか?」(薬事日報社)
P.30-31より引用
レビンソンら(1997)は、医師を「これまでに訴えられたことのない医師」と「2つ以上の訴訟を抱えている医師」に分類して、それぞれの群の医師たちがどのようなコミュニケーションを行っているかを比較検討しました。「訴えられたことのない医師」は、「訴訟の多い医師」に比べて、患者の意見に耳を傾けたり、もっと患者さんが話すように促すなど、より患者を治療に参加させるような会話をしていました。
Levinson W,Roter D L,Mullooly J P et al.(1997).
Physician-patient communication-the relationship with malpractice claims among primary care physicians and surgeons.
JAMA 277:533-559
・医師および医療機関スタッフとの関係性
あきらかな疑義を照会し、処方せんの内容が変更にならなかった場合の法的な危険性を先ほど説明した。
このようなケースで苦しむことがないようにするためにも、医療機関との良好な関係性を挙げておきたい。
あなたがするべきことは、必要な情報伝達を失礼のないように行うことである。
たとえば、「添付文書改訂情報」「製造中止連絡」「新薬の情報」「患者さんのトレースレポート」など、伝達するべき情報はいくらでもある。
信頼関係が固まってきたら、医師の治療方針を確認し、薬についての考え方を聴いておきたい。
あなたは、医師の考えを聴いたうえで、その治療方針をガイドラインで確認しておく。
これらの情報を共有した上で行う疑義照会は、これまでとは違ったレベルになるはずである。
・薬局内のチームワーク
民事上の責任のところで述べたが、当事者はミスをした薬剤師、開設者、管理薬剤師の3者である。
当然ながら、医療過誤は薬局全体の問題であると考えるべきである。
犯人捜しではなく、ミスを減らすシステムを考える発想を持ちたい。
自分がミスしたことは、他のスタッフもミスする可能性が高い場合が多い。
自発的なミスの報告、ミスしたケースの情報共有、注意をカバーするための声掛けなどの仕組みを管理者が中心となって工夫する。
・記録
記録については、2つの意味を持っている。
一つは、業務中に気がついた「間違えやすいパターン」の記録である。
これについては、すでに「医療過誤を起こさない工夫」で紹介しているので割愛する。
もう一つは、医療ミスが発生した場合の記録である。
患者さんへの対応とその記録は、可能な限り管理薬剤師が一貫して行う。患者さんからの聴取は、事実が事実とわかるように記入する。
例えば、「○○と思われる。」などの表現は使わない。
大切なのは、時間的な関係を明確にすること。
・研鑽
改正された法律は、必ず読んでおく。その改正には、理由があるはずだ。その理由は、日本が向かうべき医療の方向性といってもよい。
その理由を読むと、薬剤師に必要とされる職務が明確になり、患者さんに対しての責任を自覚できるはずだ。
普段の勉強も大切である。
「処方せんの疑義を見つけだし、その代替案を考え、患者さんに最適な薬物治療を提案する。薬剤の副作用を不安を与えずに説明し、たとえ副作用が発生しても早期に対処できるようにしておく。」
このたった2文を完璧に実施するためには、相当の知識、コミュニケーションの技術、観察力、注意力が必要であろう。
薬学的な実力は、1日2日では身につかない。日頃の自己学習、ていねいに業務を見直すこと、常にメモする姿勢が重要である。
以上、私なりに考えた対策を紹介した。
参考資料:
・「調剤指針」第13改訂(薬事日報社)
日本薬剤師会編
・「薬局・薬剤師のための調剤事故発生時の対応マニュアル 」 平成15年5月
日本薬剤師会
・「医療用医薬品添付文書が判断材料とされた医療訴訟について」
加來 洋子ら:歯薬療法 Vol.27 No.2 2008, P116-124
・特集「調剤事故で薬局に強制捜査」
NIKKEI Drug Information 2009.6 P.16-25
・「近年の調剤過誤事件から考察する薬剤師の法的責任」
増成 直美:日本赤十字九州国際看護大学紀要 11巻 P.25-36 2012-12-28発行
・「薬剤副作用の法的責任」
水島総合法律事務所 所長 水島 幸子(弁護士)
病薬アワー 2012年5月14日放送
・これからの薬剤師の役割分担と責任(Ⅲ)
三輪 亮壽:日病薬誌 第45巻3号2009年 P.345-347
・「なぜ、患者は薬を飲まないのか?」
クリスティーヌ・ボンド編集(薬事日報社)
・「e‐GOV 電子政府の総合窓口」
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO145.html
以上
次章 >> 随時更新
B スキルアップシリーズ(研修向け単発コンテンツ) ナビゲーション
[薬剤師と法律]③対策 ←今ココ
↓ もし良かったら、この記事をシェアしていただけると嬉しいです。