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[すご本6 驚きの介護民俗学]
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「驚きの介護民俗学」(医学書院)
六車 由美
民俗学者であり介護職員でもある著者が、介護の現場で出会うさまざまなエピソードをまとめた本である。
看護師向けの雑誌に連載された内容を中心に加筆再構成されている。
この本は、介護に関わるすべての人と高齢者の患者さんが多い調剤薬局のスタッフにオススメする。
なお、表題である「介護民俗学」という言葉は、著者の造語であり、そのような分野はない。
気鋭の民俗学者が大学をやめ、老人ホームで働きはじめる。
いろいろな高齢者と出会い、さまざまな体験をする。
そして、それらのエピソードを「介護現場は民俗学にとってどのような意味をもつのか?」「民俗学は介護の現場で何ができるのか?」の2つの切り口から考察したものである。
各エピソードは、非常に読みやすくまとめられ、内容も腹にスッーと入ってくる。
やはり、実体験に基づくものだからであろう。
民俗学の調査は、テーマに沿った聞き書きをするのが基本なのだが、介護現場で高齢者から聞かされる話にはむろんテーマなどない。
高齢者が自分に関することを自由に話すのだから当たり前だが、この「テーマなき聞き書き」は著者にとって至福の時間であるという。
1人の人間として、さまざまな経験を踏んで生きてきた高齢者の人生そのものに触れることができるからだ。
やがて、高齢者から聞いた話を「思い出の記」としてまとめる。
この記録は、高齢者自身の生きた証である。この過程で、著者と介護する高齢者の関係性が変化する。
また、「民俗学の聞き書きの手法」と「介護の回想法」についても対比している。
回想法とは高齢者のケアの手法の1つである。
通常、6~8人が1つのグループになり、あらかじめ設定されたテーマについて他人の体験を聞いたり、自分の体験を話す。
これは、聞き書きを中心とする民俗学のフィールドワークと似ている。
著者は、両手法とも体験した立場から、民俗学の聞き書きと回想法の類似点や相違点を鋭く考察している。
この本からは、高齢者とのコミュニケーションにおける大きなヒントを勉強できる。
すなわち、「本人の話を聴く」ということである。
このように書くと非常に簡単に聞こえるが、人の話を聴くということが、どういうことなのかが本当の意味でわかるのである。
たとえば、認知症が進んだ高齢者のケースが紹介される。
日常会話が成り立たず、徘徊を繰り返すアルツハイマー型認知症の高齢者である。
このようなケースでも、言語的コミュニケーションが成立しているのだ。
私は、これまでの自分の高齢者への態度や病気に対する勝手な思い込みを反省した。
私は、薬や病気の相談以外で、きちんと話を聴く努力をしただろうか?
認知症の患者さんの話を、先入観を抜いて聴いていただろうか?
会話が成り立たない人の話を、理解しようとしただろうか?
この本は、高齢者とのコミュニケーションについてこれまでとはまったく違った考え方を示してくれる本なのである。
その考え方は、医療・介護の職務だけではなく、自分の人生を豊かにしてくれるヒントでもあるのだ。
もちろん、実際の医療・介護の現場では、高齢者の話をゆっくり聴ける余裕はないだろう。
私の薬局においても忙しい時間は、薬や病気以外の話を聴く余裕はなかった。
人手不足の介護の現場では、より過酷な状況に違いない。
しかし、それでもなお、私はこの本を勧める。
2つの異なる分野や手法を組み合わせることによって、問題解決のヒントや改善のポイントをつかむためのテキストとして。
また、人生の大先輩から勉強できる機会として高齢者とのコミュニケーションを考えることができた本として。
「驚きの介護民俗学」目次
はじめに
第一章 老人ホームは民俗学の宝庫
「テーマなき聞き書き」の喜び
老人ホームで出会った「忘れられた日本人」
女の生き方
第二章 カラダの記憶
身体に刻み込まれた記憶
トイレ介助が面白い
第三章 民俗学が認知症と出会う
とことんつきあい、とことん記憶する。
散りばめられた言葉を紡ぐ
同じ問いの繰り返し
幻覚と昔話
第四章 語りの森へ
「回想法ではない」と言わなければいけない訳
人生のターミナルケアとしての聞き書き
生きた証を継承する-『思い出の記』
喪失の語り-そして私も語りの樹海に飲み込まれていく
第五章 「驚けない」現実と「驚き続ける」ことの意味
驚き続けること
驚きは利用者と対等に向き合うための始りだ
おわりに
以上
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