[すご本4 なぜエラーが医療事故を減らすのか]


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[すご本4 なぜエラーが医療事故を減らすのか]

 

 

「なぜエラーが医療事故を減らすのか」(NTT出版)

ローラン・ドゴース (著)

入江 芙美 (訳・解題)

林 昌宏 (訳)

 

本書は、医療事故について理解を深め、よりよい医療システムを構築していくために書かれたものである。

著者は、フランスのパリ・ディドロ大学医学部の名誉教授である。血液学の分野において臨床医および研究者として大きな実績をあげた後、医療行政に進み、フランス移植機構や医薬品医療機器安全機構などの長を歴任している。つまり、医療現場も知っているし、医療安全の専門家でもあるということだ。

もちろん、この本は、医療分野における管理者や責任者にオススメする。

 

本書の結論は、非常にシンプルである。

「エラーを排除するのではなく、むしろ、エラーを賞賛し受け入れるべきである。」というものである。

前半部分は、エラーは必ずしもマイナスの結果をもたらすばかりではないことが解説されている。

むしろ、エラーがあるからこそシステムの進化があるという。

システムの機能不全を、それがまだ致命的にならないうちに知らせるのがエラーである。

ゆえに初期段階であるエラーは、アラート機能とも理解できるし、対処が可能な段階でもあるというのだ。

後半部分は、医療安全のための具体的な取り組みについて紹介し、エラーを前提としたシステムのあり方、また対応の考え方を提言している。

 

医療システムは、さまざまな要因(複雑な生体やさまざまな医療システムなど)によって成り立つ複合系システムである。

複合系システムは、まさにその複合性が原因となって、インシデントやアクシデントにさらされる。

つまり、医療システムにとってエラーは必然であり、不可欠でもあるのだから、エラーを受け入れよというのだ。

エラーが起こることを前提とし、これを報告・学習する文化を広げよという主張である。

ただし、「犯人捜し」が前提になっているとき、報告する文化は育たない。

このことから、医療システムの改善を考える際、責任者の考え方が特に重要であることは話すまでもないだろう。

 

1999年に米国医学研究所から『人は誰でも間違える-より安全な医療システムを目指して』と題する報告書が発表された。

この報告書の結論は、1人ひとりはいくら注意を払ったとしてもエラーを起こし得るため、エラーを起こすまいとする個人の頑張りのみでは不十分であるというものである。

むしろ、システム全体として、ヒューマンエラーが起こることを想定し、エラーが起きたとしても事故につながらないような対策をとっておくことが肝心である。

『人は誰でも間違える』は、医療上のエラーを減らすためには、エラーを起こした個人の責任を追及するのではなく、システムとして改善すべき点はなにかを探求することが肝要だということを明確に打ち出した。

 

本書では、「スイス・チーズ・モデル」も紹介されている。

5チーズ

このモデルは、組織事故の考え方をわかりやすく示したものである。

エラーを防ぐための関所をチーズに例え、いくつも並べる。

並んだ1つひとつのチーズは関所として機能するはずの確認行為などである。

ただ、その確認行為は完璧ではない、つまり、チーズには穴が開いている。(各段階での不具合を意味する)

チーズをいくつも並べておくことで、関所機能は強化されるはずであるが、それでも依然として、運悪く、全てのチーズの穴をすり抜けてしまうことがある。

それが、医療事故が発生する場合である。

よって、医療事故の原因分析を行う際には、一つの不具合を見つけただけで満足してはいけない。

犯人にされた人は、最後の一枚のチーズであるかもしれず、原因が他のチーズにも存在するかもしれないからだ。

これは、処方せんの間違いを見抜けずに誤投薬してしまったケースを考えると理解しやすい。

何人ものスタッフを通り抜けて、自己は起こるのだ。

このような考え方は、起きてしまった医療事故に対応する責任者にとって重要である。

 

では、最後の一枚の「犯人捜し」以外の対策は何か?

私が、非常に印象に残った部分を紹介する。

 

第1に「ハインリッヒの法則」である。

エラーが初期兆候であるなら、重大なアクシデントを防ぐためには、エラーに関する情報を収集することが肝要である。

 

※ハインリッヒの法則

1つの重大災害の裏には、30のかすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏には300の怪我はなかったもののヒヤリ・ハッとした体験があるというもの。

労働環境や作業手順の改善といった対策をとる際に、用いられる考え方である。

 

第2に「レジリエンス」である。

これは、「適応」「弾力性」「予見」「調整」という、レジリエンス・エンジニアリングと呼ばれる概念である。

簡単に言うと、今後を常に予見しながら、状況変化に適応するという姿勢のことである。

複合系システムにおける予期せぬ不具合は、想定外のアクシデントを引き起こす。

こうしたアクシデントには決まりきったルールやプロトコルでは対応できないという考え方から、レジリエンスが登場したのである。

実際に医療行為を行う過程で、想定外の出来事が発生した際には、その時の行動が患者の予後を左右する。

一人ひとりがイニシアティブをとって打開策を模索しなければならないのである。

エラーによりアクシデントが発生した際、マニュアルのページをめくるより、自分がその時点でベストの対応を考えることが重要なのは理解できる。

 

本書は、医療施設において発生したエラーについての考え方を教えてくれる。

そして、その施設のシステムを改善するヒントを与えてくれる、類書が見当たらない貴重な書籍である。

 

日本では、再度「医療法」の改正が行われ、2015年10月から新たな「医療事故に係る調査の仕組み-医療事故調査制度」が発足する。

この新たな取り組みが、医療安全を推進し、単なる犯人捜しを超えた優れた制度と文化を形成するよう期待する。

それは、日本オリジナルの「報告する文化」と「学習する文化」の育成に他ならない。

 

 

 

「なぜエラーが医療事故を減らすのか」目次

はじめに

 

第一部 エラーは生命に内在する

 第一章 システムと人間

     複雑系から複合系へ

     生物の世界を模範とする、進化・適応システム

     どのようなガバナンスと権力が望ましいのだろうか

 

 第二章 生命は不均衡の中に

     生命は二つの死の狭間にある

     エラーと折り合いをつける

     安全性の向上は重要だが、そのための費用は考慮すべき

     達成が難しく、維持が不可能な「超安全」という状態

     三つのパラドックス

 

 第三章 エラーは成功のもと

     理解するための道具としてのエラー

     イノベーションの原動力としてのエラー

     工学のマインドと発見の精神

 

 第一部のモメンタム(契機)

 

第二部 エラーが原因で発生するアクシデントを防ぐ

 第四章 アクシデントの再発を防ぐために

     責任者、犯人

     人に対する補償

     システムの修復

     エラーが安全性を高める

 

 第五章 アクシデントを未然に防ぐために-予測という人間の特性

     ルールの遵守だけでは不充分

     レジリエンス

     パラダイムシフト

 

おわりに

 

原注

 

解題 医療事故-エラーを受け入れるには(入江 芙美)

 第一章 エラー称賛から医療安全へ

 第二章 医療事故 古今東西

 第三章 エラーを前提としたシステムづくり

 第四章 医療が目指すものはなにか

 

参考文献

 

訳者あとがき(林 昌宏)

 

 

 

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