服薬指導 抗うつ薬 後編


[うつ病の診断・治療の問題点]

ここでは、現在のうつ病の診断・治療における問題点を整理する。

1)うつ病患者の激増
厚生労働省の政策レポート「自殺・うつ病等対策プロジェクトチームとりまとめについて」によると、うつ病の患者数は以下のように推移している。

平成8年 :20.7万人
平成11年:24.3万人
平成14年:44.4万人
平成17年:63.1万人
平成20年:70.4万人

※双極性障害、気分変調症を除く

出典:「自殺・うつ病等対策プロジェクトチームとりまとめについて」厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/seisaku/2010/07/03.html

上記のとおり、平成8年からの12年間で3.5倍の増加をしている。現在、日本において通院しているうつ病の患者数は100万を超えているといわれている。このような増加の原因としては、「診断基準の問題」「製薬メーカーのマーケティング」「政府の疾患・治療啓発キャンペーン」「メンタルクリニックの増加」などが考えられている。

・診断の問題点
DSM分類による診断が広く普及した結果、患者が著しい増加を示した。
この増加は、診断基準が「症状」で判断する形になったためである。

当初、DSMは「さまざまな原因によるうつ状態の患者さんが含まれることはわかっているが、とりあえず大うつ病と分類しておきましょう。そして、その先の細かい分類は研究を進めながら随時改訂していきましょう」という方針で導入されたシステムだった。
ところが、その大筋の改訂は⒛年以上経った現在も先延ばしされている状態なのである。

DSM-Ⅳの作成委員であり、精神医学の世界的権威のアレン・フランセスは、自著「<正常>を救え」の中で、「発見が必要な人たちを見落とさないようにするために、診断基準のハードルを低くした結果、発見が必要でない人の多くに病気のレッテルを貼ってしまった」と記述している。

まとめると、DSM分類は診断の統一性を高め、臨床研究を進歩させるのに役立ったが、症状で診断するためにうつ病を広く拾い過ぎ、そのために「うつ状態を示す正常な人」をうつと診断している可能性が指摘されている。

2)非定型うつ病
診断基準が変わり、これまでに見られなかった新しいタイプのうつが問題になっている。
それは「非定型うつ病」と呼ばれ、従来のうつ病とは異なる症状を呈する。
以下に非定型うつ病の特徴をまとめる。

<非定型うつ病の臨床的特徴>
・抑うつ気分の現れ方が急で激しい
・非常に傷つきやすい
・自分のやりたいことはできるが嫌なことはできない
・従来の抗うつ薬が効きづらい
・食欲増加と過眠

このような特徴を持つため、世間のうつ病のイメージとは異なり、(「反省がない」「食い過ぎ」「寝すぎ」)うつ病と認識されにくい。現状では専門医でもその捉え方や対応の面で見解は一致していないと言ってよい。「非定型うつ病は、うつ病ではない」と考える専門医もおり、今後の研究に期待するテーマになっている。
非定型型うつ病の一番の問題は、従来の抗うつ薬が十分に効かない症例が多いことである。

3)双極性障害との鑑別
実際のうつ病治療で問題になるのは、「双極性障害との鑑別」である。
双極性障害は、気分障害と分類されている疾患のひとつである。うつ病とほとんど同じ症状のうつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現れ、これらをくりかえすのである。
問題は、双極性障害の患者は「うつ」の時だけに受診するパターンが圧倒的に多いことである。
「うつ」のときに受診すると、その症状は「うつ」と同じなので、躁状態のエピソードを入手できなければ「うつ病」と診断される。
患者さん本人が、躁状態を自覚し医師に正確に話さない限り、双極性障害は初診で診断できにくい。
これがなぜ問題なのかと言うと、「うつ病」と「双極性障害」は治療方法が異なるからだ。
通常、双極性障害の再発予防には、リチウムを初めとする気分安定薬と呼ばれる薬、およびオランザピンなどの非定型抗精神病薬が用いられる。
双極性障害の患者が抗うつ薬(特に三環系抗うつ薬※)を服用すると、躁転(うつ状態から躁状態へ急変すること)やうつと躁のサイクルを早めたりする可能性があるため、極力使用を控えなければならない。
ときに危険な状態を招くため、慎重な診断と処方が必要なのである。

※日本うつ病学会治療ガイドライン 双極性障害 2017
躁転に関しては、SSRIよりも三環系の方が躁転の危険性が高く、原則的には治療にへの使用は推奨されていない。

4)多剤療法
日本で抗うつ薬を2種類以上処方している割合は、34.9%。
(厚生労働省「第22回 今後の精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」2009年8月より)
この割合は、他の国と比較しても高い割合である。

特に副作用・相互作用が起こりやすい高齢者のポリファーマシーには注意したい。
複数処方の効果判定と抗うつ薬の減薬が極めて難しいことを考えると、1剤づつ慎重に処方するのが原則であろう。

5)まとめ
これらの問題の本質は、うつ病の原因が解明されていないことである。
原因が解明されていれば、うつ病と診断する精度は向上し、効果の高い治療法も確立するだろう。
もちろん、他の疾患との判別も容易になり、手探りではない必要十分な治療が受けられるようになるはずだ。
今後、うつ病の診断・治療において最重要なテーマは『うつ病の原因』の解明である。

 

[抗うつ薬の服薬指導]

うつにおける診断・治療の問題点を踏まえたうえで、服薬指導のポイントを考察したい。
精神的にダメージを負っている患者さんとのコミュニケーションは最大限の慎重さが必要だが、ここではコミュニケーションの技法ではなく、指導内容のポイントを整理する。

=服薬指導する上で知っておきたいポイント=

①睡眠時間のトレース
睡眠時間は比較的効果が把握しやすい。

うつは多彩な症状を引き起こす。
ケースによって症状が異なることも多い。
しかも、抑うつ気分や興味消失などの症状は程度や治療の効果がわかりづらい。
その「うつの症状」の中で、もっとも多く共通してみられるのは「睡眠障害」である。
抗うつ薬の治療効果を最もフォローしやすい症状と考えてよい。
また、「睡眠障害」は睡眠時間というわかりやすい指標でトレースが可能である。
患者さんからは、「睡眠障害」の有無と具体的な症状経過を確認しておきたい。

②可能なかぎり、生活のエピソードを入手する
双極性障害の鑑別のためである。「うつ」と「双極性障害のうつ状態」を鑑別するためには、できるだけ患者さんのエピソードを入手することが重要である。
抗うつ薬が処方されている患者で躁状態のエピソードを入手できた場合は、患者さんに許可をいただいたうえで医師に情報伝達しよう。

③減薬・休薬は慎重に
私の少ない経験でも、ご自身で薬を止めてしまったり、症状の調子で服用する量を変えていたケースがあった。
言うまでもないことだが、抗うつ薬の減量・休薬は専門医でも極めて難しい。
慎重に少しづつ行わなければならない。
患者さんには、自己判断で調節するのはやめてほしいと指導しておきたい。
症状の大きな変化や薬の飲み方を変えたいときには主治医へ、必ず連絡してほしい旨確認しておく。

④うつを引き起こす可能性がある薬
うつ病の発症は、ストレス、環境、遺伝子、身体要因、薬剤など様々な要因が相互に作用していると考えられている。
その中で「薬剤」の可能性は薬剤師が把握しておくべきポイントである。

・うつを引き起こす可能性のある薬
ステロイド
インターフェロンα
インターロイキン2
GnRH作動薬
抗マラリア薬 メフロキン
β遮断薬 プロプラノロール
レセルピン

・追加で覚えておきたいこと
精神刺激薬からの離脱時に発生すやすいこと
アルコールの習慣の把握

⑤長期服用の可能性があること
「うつは心のカゼ」と例えられたのは、90年代後半である。
うつの患者さんの医療機関への受診のキャンペーンであったが、実際の治療ではカゼのように1週間で完治するケースはほとんどない。
長期に治療するケース、再発を繰り返すケースも多い。
つまり、抗うつ薬とのお付き合いは長くなることが多いのである。
ゆえに、患者様と薬の相性はとても大切になる。
薬剤師の大切な役割は、服用状況の確認と副作用のチェックになる。

以上、抗うつ薬の服薬指導におけるポイントを整理した。
うつ病は、患者さんの生活の質に深刻な影響を与え、長期の療養が必要になるケースも多い疾患である。
ご紹介した内容が患者さんと薬剤師の服薬指導業務に少しでも役立てば望外の幸せである。

以上

[参考資料一覧]
・うつ病のメカニズム
岡村 仁:バイオメカニズム学会誌,Vol. 35, No. 1( 2011)P.3-8

・「非定型うつ病」がわかる本
ー誤解されやすい新しい心の病ー
福西 勇夫:編著 (法研)

・NHKスペシャル
うつ病治療の常識が変わる
NHK取材班 (宝島文庫)

・うつ病の脳科学
ー精神科医療の未来を切り拓くー
加藤 忠史:著 (幻冬舎新書)

・精神医療ダークサイド
佐藤 光展:著 (講談社現代新書)

・精神科は今日も、やりたい放題
ーやくざ医者の、過激ながらも大切な話ー
内海 聡:著 (三五館)

・なぜうつ病の人が増えたのか
冨高 振一郎:著 (幻冬舎)

・うつの8割に薬は無意味
井原 裕:著 (朝日新書)

・<正常>を救え
アレン・フランセス:著 (講談社)

・「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由
汐街 コナ:著 ゆうきゆう:監修・執筆協力 (あさひ出版)

以上