[服薬指導 抗うつ薬 前編]


[前口上]

このコンテンツでは、抗うつ薬の服薬指導について考察する。

薬局薬剤師として働き始めたとき、「精神神経用剤」は私にとって服薬指導の難易度が高い薬効群のひとつであった。
門前のクリニックは消化器内科であったが、高齢者の患者さんへの「睡眠薬」と「安定剤」の処方の多さに驚いたのを覚えている。
とは言え、私の抗うつ薬の調剤経験はメンタルクリニックや精神科の処方せんを受けている薬剤師に比べれば、はるかに少ない。
その私がこのコンテンツを作ろうと思ったのは、自分がうつになりかけたからである。
自分にとって初めて患者の立場を経験した訳で、今までの自分の服薬指導を見直しただけでなく、うつについてかなり勉強した。
このコンテンツはそれらをまとめたものである。

幸い私の場合は「前うつ状態」であり、現在は完全に回復しているが、詳しい経過については次の章「②私のケース」で紹介する。(抗うつ薬に取り組むきっかけを紹介する内容なので、ご興味のない方は第3章「③うつ病の診断」からお読みください。)

どのような薬にも共通することだが、薬に関する情報だけではレベルの高い服薬指導を行うのは難しい。
病態、診断、治療を理解することで、服薬指導が完成形に近づくのだが、「抗うつ薬」は特に診断と治療の問題点を理解しなければならない。
このコンテンツがその点で皆さんのお役に立つことを祈っている。

 

[私の場合]

このコンテンツを書くきっかけは、自分自身がうつになりかけたからだと「前口上」で述べた。
軽症ではあったが、私の経過を簡単に紹介したい。

私は、転職した中規模のチェーン調剤薬局で働き始めた。
その薬局は外来は少ないのだが、仕事量はかなりハードであった。
理由は、在宅の処方の調剤拠点だったからだ。

ここで働くうちに自分に異変が起きた。
夜、眠れなくなってきたのである。

ちなみに私は、これまで「うつ」はもちろん、精神的な原因で「睡眠不足」になったことはほとんどない。
どちらかと言うと明るく楽天的な性格で、2人の姉に話したときも「あなたに限ってうつだけはない!」と言われたほどである。

夜、熟睡ができない。寝つけも悪く、寝ても短時間で起きてしまう。
そして、昼間の調剤のミスがフラッシュバックする。
ある患者さんの調剤が失敗したのではないかと急に心配になり、不安になる。
真夜中に心配しても、何もできないので、余計なことは考えないようにしようとするが、頭に浮かんでしまう。
悶々としていると夜が明けてくる。

次は食欲が落ちてきた。体重は一ヶ月で5Kg減少した。
酒の量も急激に落ちた。欠かしたことのない晩酌も、飲まない日が増えていった。
大好きな映画や本もほとんど見なくなった。
特に内容が難しい本やシビアな映画を観ようと思わないのである。
その時期の私の話を聞いた妻は、「いつもよりも明らかにネガティブな発言や考え方が多くなった。」と言った。

食欲が落ちた分の、スタミナをカバーするために、朝にフルーツを2種類食べるようにした。また、週に1回、マルチミネラルを補給した。
運動が少なくなったので、休日には無理矢理散歩に行った。(ほんの15分程度が精一杯だったが。)

最初は、慣れない職場なのでミスも起こるし、疲れるのも当たり前と考えていたが、これらの症状が2ヵ月ほど続いたので、さすがの私も心配になってきた。
ネットでうつに関する情報を勉強し始めた。
うつの診断基準なる記事があり、自分の症状を確認するとうつに当てはまる。
心配になると、自分の身体(精神)がどのような状態なのかを知りたくなった。

いろいろな人に相談をしたが、結局メンタルクリニックを受診することに決めた。
まず問診票の記入だが、かなり詳細な内容までチェックする。
完全予約制のため、患者さんは2~3人程度が待合で待機している。
診察室に呼ばれて、これまでの症状や経緯を説明、問診票を確認しながら補足の質問を数問。
先生の診断は「前うつ症状」であった。
「自律神経は明らかに乱れています。このままお仕事を続けていくとうつになります。なるべく早く就業環境を変えてください。」と言われた。
先生には、車による配達業務が頻繁にある旨を説明し、眠気が出る抗うつ剤は外していただき、睡眠導入剤と漢方薬のみを処方いただいた。
睡眠導入剤の服用は、起床後の眠気はなかったが、熟睡した満足感はなかった。
ただし、この薬の服用により4~5時間は眠れる状態になったので継続することにした。

自分の体調の経過は会社に正直に報告していたが、結局、メンタルクリニックの診断が決定打となり、調剤薬局は退職することになった。
自分の薬局のスタッフにはすべて正直に話したところ、非常に心配いただき、あたたかな励ましをいただいた。
退職が決まった後の一ヶ月間は、さまざまな工夫を行い、1日も休むことなく(定休日以外)勤めることができた。
このときの工夫は、「仕事をつらいと感じているあなたへ」にまとめてあるので、興味のある方はご覧いただきたい。

退職後は、かなり早期に復調することができた。
現在では食欲も体重も元にもどり、元気に過ごしている。

周りの人に自分の状態を正直に話していると「実は自分もうつの治療をしたことがある」「今も睡眠導入剤を飲んでいる」など、私の周りでも精神的な症状で苦しむ方が思ったより多いことに驚く。
なかでも、30年以上つき合っている友人が、かなり重いうつを経験していることを知ったときは、非常にショックを受けた。

これらの経験で一番大きな収穫はうつの勉強ができたことである。
この勉強で得られた知識をまとめたのが、このコンテンツの基本となっている。
心の病で苦しんでいる方に薬の話をする際に、知っておきたい情報をまとめた。
次章は、「抗うつ薬」についての情報を中心に、薬剤師が知るべき「うつの治療」に関する重要事項を整理したい。

 

[うつ病の診断]

現在、世界でもっとも広く使われている診断基準は「DSM分類」である。
※もうひとつ「ICD分類」という診断分類名リストがあるが、これはWHOが「DSM分類」を参考にして作成したものである。

DSMとは、アメリカ精神医学会がまとめた「精神障害の診断と統計の手引き」のことである。
2019年8月現在、第5版(Ⅴ)まで改訂されている。

この診断基準ができるまでは、うつ病は原因により分類されていた。
(うつ病の発症は、ストレス、環境、遺伝子、身体要因、薬剤など様々な要因が相互に作用していると考えられている。)
しかし、この診断法では一人の患者さんに対して精神科医により診断が異なる可能性があり、研究や治療に支障が出ていた。
たとえば、患者さんがそれまで通院していたクリニックとは別の医療施設へ行くと、別の診断を下され、それまでとは異なる治療薬が出てくるなどのケースが生じていた。
そこで、誰が診断しても同じ診断になることを最大の目的として作成されたのが「DSM分類」であった。

DSMは1980年の第3版から、「症状」によって診断する内容になった。
一定項目に当てはまる症状を呈する場合、原因が何であろうと「うつ」と診断するようにしたのだ。
このような診断基準が導入されたのは、1970年代の米国におけるうつ病患者の急増が背景にあると考えられている。
1970年代のアメリカではベトナム戦争や不況の影響でうつ病患者が急増し、これまでの時間がかかる診断方法では患者の対応に苦慮していたのである。この問題に対応するために生まれたのが、迅速に誰でも同じように診断できる新しい診断基準―DSM分類である。
これにより、医師によって診断がばらつくことが少なくなり、うつ病の研究も進んだのだが、以前よりも多くの人がうつ病と診断されることになり、新たな問題が生まれることになった。

患者の症状を聞いて診断を行う以上、どうしても正確性には限界が生じる。
たとえば、私生活で非常に過酷な出来事が起きた場合、うつの診断基準を満たすような精神状態になることがある。
症状だけで診断すれば、この一時的な気分の落ち込んだ状態もうつになってしまうのである。

ちなみにこの診断基準はゴールではなく、研究が進むにつれ、順次診断基準の内容を更新する予定だったのが、⒛年以上も改訂は行われなかった。今後の研究の進歩とさらに正確な診断が可能な基準への改訂を期待したい。

[DSM のうつ病診断基準]を大まかに紹介する。(わかりやすく改変してあるため、原文通りではない)

以下に示す症状のうち、(1)または(2)の症状を含む5つ以上の症状が2週間以上続く場合をうつ病と診断する。

(1)ほぼ1日中、抑うつ気分が続く。

(2)いろいろなものに興味を失くし、楽しいとかうれしいとかを感じることが少なくなる。

(3)食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)が見られる。またはほとんど毎日、食欲の減退または増加が見られる。

(4)不眠または過眠。

(5)いろいろなことが心配で落ち着かない。不安でしかたがない。

(6)強い疲労感、または気力の減退。

(7)自分への無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感。

(8)思考力や集中力の減退、または決断困難。

(9)死についての反復思考。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画。

以上