[がん疼痛緩和ケアPLUS]⑨スピリチュアルペイン


[がん疼痛緩和ケアPLUS]⑨スピリチュアルペイン

最期に「スピリチュアルペイン」について考察する。
このシリーズは、主として鎮痛剤とオピオイドを中心とした「身体的な痛み」のケアについて整理してきた。
痛みは確かに代表的な身体的苦痛である。
しかし、がん患者さんが抱える苦痛は、身体的な苦痛だけではなく「全人的な痛み」だと考えられている。
全人的な痛みとは、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、そしてスピリチュアルな苦痛の4つを言う。
もとより、理想的な緩和ケアは、この全人的な痛みすべてをケアすることである。

WHOの緩和ケアの定義は、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より、痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して、きちんとした評価を行い、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、QOLを改善するためのアプローチである。」となっている。
ゆえに本物の緩和ケアとは、スピリチュアルペインのケアもご家族のケアも含めたものなのである。

ちなみに2006年に制定されたがん基本対策法では、「早期から緩和医療が行われていること」「在宅医療の充実を目指すこと」「がん患者自身のみならず、その家族へのケアの必要性にもふれていること」が盛り込まれている。

スピリチュアルペインは「自己の存在と意味の消失から生じる苦痛」と定義されている。
スピリチュアルと聞くと「霊」や「魂」を連想し、上記の定義は理解しづらいが、要は人生の意味や罪の意識への問いかけ、死と死後の世界に対する恐怖や不安と考えてよい。
しかし、この苦痛は科学的に説明することは難しい。計測もできない。
定義からもわかるように、哲学や宗教の分野に近いテーマなのだ。

たとえば、キリスト教圏の国では、スピリチュアルペインの対応を宗教を基盤に考えられていることが多い。
(もともとこの発想はイギリスで生まれたものであり、キリスト教がベースになっている。)
クリスチャンにとって、死は神に召されることであり、天国に行くことと考えられている。
この考え方が、死と死後に対する恐怖や不安を軽減する。
また、キリスト教系のホスピスではチャプレンと呼ばれる宗教者がいる。
チャプレンは、末期患者さんのベッドサイドを訪れ、患者さんを慰め、心を穏やかに保つために患者さんと共に祈る。

これに対して、日本では国民の7~8割が無宗教であると言われている。
国の宗教も統一されていない。
つまり、日本国民は死や死後に対する共通認識はない。
宗教を基盤とした援助方法は、非常に難しいということである。
※現在、日本でも医療者以外の介入(宗教、哲学、倫理学、法律学など)を求める声があがっており、一部施設で実施されている。

では、医療関係者はどうしたらよいだろうか?
先人達の研究によると、スピリチュアルペインのケアにおいて重要なのは「傾聴」「共感」「ともにいること」であると言われている。
これは、自分のささやかな経験においても、確かに感じることである。

もともと、自分の人生の意味は、自分自身でしか見出すことができない。
人生を振り返ること、解決しておきたい問題、生きている間にやっておきたいことは、自分にしかわからない。
答えは、患者さんご自身の中にある。
ゆえに、患者さんの話を「傾聴」することは、重要なケアである。
患者さんは自らの悩みや苦しみを話すことで徐々に自らの境遇を理解し、自分の人生のいろいろなことを整理していく。
これまでの自分を振り返り、今を確認することで、ゆっくりと人生に納得することができるようになるのである。
そのためには、患者さんが話すことが必要であり、誰かがその話をじっくりと聞く必要がある。

問題は、患者さんは医療関係者だから話す訳ではないこと。自分が信頼できると認識した人に話すのである。
つまり、傾聴は患者さんとあなたの人間的な関係を基盤としている。

患者さんが話す内容に対して、特に気の利いたことを話す必要はない。
むしろ、議論にならないように注意する。
腫物に触るように気を使うことはないが、あくまでも「傾聴」に徹する。

この時、あなたは「共感」を示しながら、患者さんの話を受け入れることが理想的である。
患者さんにとって重要なのは、自分のことをわかってくれる人と同じ時間を過ごすことである。
自分の味方が傍にいることこそが慰めになっている。

かつて私は、患者さんやご家族からの相談や質問には絶対に答えなければならないと思っていた。
答えないと自分が無知や無能力と思われるのではないかと考えていたからである。
当たり障りのない返答や安易な励ましで、お茶を濁したい衝動にも駆られた。

しかし、スピリチュアルな問題に対しては、必ず正解を答えなくともよい。
無理に答えをひねくり出さなくてもよいのだ。
それは、正解はあなたが出すのではなく、患者さんの中にあるからだ。

ひたすら傾聴し、共感を示す。あなたは無理に話す必要はないが、その場から逃げてはいけない。
患者さんにはこのように言ってみてはどうだろうか?
「正直に申し上げます。私は、あなたに上手く話せません。でももう少し、お話を聞かせてください。」

ホスピスの生みの親であるシシリー・ソンダースの言葉である。
「答えにくい質問をいくつも抱えた患者と家族のそばに、何も答えられないままとどまっている人々は、そばにいることによって患者と家族が求めているスピリチュアルな救いを提供している自分に気づくことになるだろう。」 (D.C.Saunders Living with Dyingより)

私は、患者さんから悩みを打ち明けられる度、ご家族から相談をいただく度に思うことがある。
それは、「死生観」を勉強する必要性である。
この勉強が、患者さんへのケアに直接役立つかどうかはわからない。
が、少なくとも自分の人間力を高めることにはなるのではないだろうか。
そして、それは患者さんからの信頼の根拠になり、スピリチュアルな悩みを正面から受け止めることができる心を育てることになると考える。
だが、具体的にどのように勉強すればいいのか?
私なりに考え、実践してきた方法を紹介する。

①これまでの自分の人生を振り返る。
履歴・年表を作成してみる。
自分自身の人生を客観的に見ることができるように表にまとめるのである。

②自分のやりたいことを整理する。
目標を書き出す。目標が複数ある場合は、優先順位をつける。
自分がそれに取り組んでいるかどうか、進捗しているかどうかを確認する。

③遺書を作成する。

④死に関する本を読む。
死に関する本は、定義にもよるが、膨大な種類が存在する。
ほんの数冊しか読んでいない私では、名著を推薦する資格はないだろう。
私が読んだ中で、あなたに推薦したい本が見つかったときは、別コンテンツで紹介する。
ここでは、一点だけ注意をしたい。
それは、「死に関する本は、あまり続けて読まない方がよい」こと。
すべてが暗くなる内容ではないが、この手の本ばかりでは、精神的に負の影響を及ぼすこともある。
特に内容がヘビーである場合は、バランスを取ってほしい。

⑤自分の周りで死生観に関する経験をした時、自分自身のケーススタディとして考える。
薬剤師を長く続けていると、患者さんをはじめ、いろいろな人の悩み、相談、別れを経験していく。
その時はうまく対応できなくとも、どうしたら良かったのかを必ず反省しておく。
これが、わずかではあるが、人間力を高めていく経験の蓄積であると思っている。
このことに気づかせてくれたのは、他界した両親である。

死を考えるとは、即ち、生を考えることである。
「人間はいつか必ず死ぬ。しかし、いつ死ぬかは誰にもわからない。だから、今を大切に生きる。」
これは、口で言うのは簡単、文章にするのは簡単だが、本当にこの覚悟で生きているか?
私は、未熟も未熟。死ぬ覚悟と言う高い山の登り口で、つまずいている。
だから、今の自分の生き方を考える。目標を確認する。
死の準備を行う。そして、いろいろな方の悩みや別れの機会に、勉強させていただく。

もとより、スピリチュアルペインの問題は超難問であり、一介の薬剤師が解決できる問題ではない。
しかし、患者さんの話を聴くこと、寄り添うことは、平凡な薬剤師であってもできることである。
自分の人生を大切にし、精一杯生きることも然り。
未熟な薬剤師の独り言が、あなたの参考になれば、望外の幸せである。

[参考資料]
・村田久行「終末期がん患者のスピリチャルペインとそのケア」:日本ペインクリニック学会誌Vol.18No.1,P.1~8,2011

・小川節郎「緩和医療総論」日臨麻会誌Vol.35 No.5,661-667,2015

以上